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「何処へ行くの、あの日」の感想/"可能性"を追う少年少女(前編:全体感想・自己解釈)

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(C)MOONSTONE

MOONSTONEより発売された”Serious Lyrical Fantasy ADV”、『何処へ行くの、あの日』の感想記事(前編)です。

前回記事の『あした出逢った少女(あししょ)』と企画/ライターの方が同じ、かつ自分の好きなシリアス系ということで、プレイ前からとても期待していました。

*『あした出逢った少女』の感想はこちら

numgame1.hatenablog.com


本作も冒頭から心惹かれる要素――主人公の過去の罪(被害者不明/周りの記憶にない殺人)・義妹との爛れた関係・ 何やら怪しげな薬物――が多く、そこから続く各ルートもそれぞれテーマに絡んでおり読み応えがありました。

「あししょ」のサスペンスらしい動的な雰囲気よりはやや静的で、特定の事件(事象)よりかはその外で生じる関係・心境の変化に重きを置いていた印象。
全体的に自分の心にどう向き合うか、折り合いをつけるか(他人はその切っ掛け/支え)という感じで、良い意味で内省的な感じがあります。

■ネタバレを避けた感想
本作は主人公と義妹の”ただならぬ”関係性が物語や作品性の要となっており、主人公も絵麻もその関係が元で暗くなっている(らしい)こと、また主人公が基本的には「妹と普通の兄妹(昔の二人)に戻りたい」と願っていたことから、自分も彼らが「普通の兄妹に戻る」ことを応援する気持ちで読み進めていました。

現在の合間で夢として語られる過去は基本的にキラキラとして居心地が良く、それがまた現在の兄妹関係の仄暗さやそこから来る息の詰まる感じを助長させていた印象。
その後でまた過去を振り返るとそのまばゆさに却って逃げ出したくなるような塩梅で、そうした感覚が好きな自分としては非常に良かったです。

とはいえ現在軸も決して陰鬱一辺倒ではなく、昼食時や放課後などに皆で騒いでいる場面はシリアスの合間の癒しになっていました。

自分は実妹がいる関係で義/妹問わず”妹”ヒロインを異性として見ることができないのですが、それゆえに”ただの妹”だった頃の絵麻に一層の愛おしさを感じ、「ただの兄妹に戻る」ことを切望する主人公に深く入り込めた気がしています。
逆に、妹スキーで妹との恋愛関係バッチコイ、な方だと主人公に共感(共鳴)しにくいかもしれません。

実質「(義)妹ゲー」でありながらどこか妹をヒロインとして見られないプレイヤーを向いている感じもし、その点がこの作品の特色であり自分の好きな部分にもなっています。



キービジュアルの印象通りシナリオ的には千尋・絵麻がメイン格であり、他三人のルートはその前振り、という感じは否めません。
しかしサブ格三人のルートも独立した1ルートとして十分に面白く、 ヒロインとしてもそれぞれに魅力がありました。
また、過去編含めて彼女たちがいたからこそ千尋・絵麻の物語が成立しうるという構造になっており、 そうした点から見ても捨てヒロイン・捨てルートが存在していないところが非常に良かったです。

絵麻ルート以外はわりと登場人物の語ったまま/説明したままなのですが、絵麻ルート終盤以降は明言されていない部分や時制等が複雑に組み入った(少し考える必要のある)部分が存在します。
全て理解しきれずとも十分面白さを感じられる作品ではあるものの、とはいえ”作中で全部そのまま説明してくれないとすっきりしない”という方にはあまりお勧めできないかもしれません。

*以下、作品詳細のあとに追記でネタバレを含む感想を記載しています。

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☆公式サイト

https://www.moon-stone.jp/product/ms03/d_index.html

☆製品概要/主要スタッフ(人名は敬称略)

公式ジャンル:Serious Lyrical Fantasy ADV
発売日:2004年6月25日

制作:MOONSTONE
企画/シナリオ:呉
プロデュース:恋純ほたる
原画:かんの糖子/鷹乃みすづ
プログラム:土山茂三
背景:(有)シルバー
BGM:ave;new
CG:夕燈とび/深山/鷹乃みすづ
ムービー:パリオ

メインヒロインCV:
国見絵麻:鷹月さくら
神崎千尋:みる
茂木一葉:北都南
麻生桐李:九条信乃
青井智加子:木葉楓

※現在DL版が出ており、そちらが安価で購入できる(税込3000円くらい/各種セールだともう少し安い)+以前に「お返しディスク」として配布されていた内容が付属するので(※Gyuttoで確認)、特にこだわりがなければDL版がお勧めです。

 

☆公式のあらすじ

俺が殺した少女は、誰だったんだろう──。

主人公国見恭介は、一つの映像を抱き続けてきた。
遠い過去の記憶。細部は何処までも曖昧に、
核心だけが恭介の心を貫いている。
「俺は確かに、一人の少女をこの手にかけた……」
時間も場所も不確かで、それが誰だったのかすら分からない。

思い出は、頭にばかり詰め込まれるのではないと、恭介は思う。
身体が覚えている。
主の意志からは隔たった場所から、身体が一つの映像を映し出す。

国見恭介は、一つの罪を抱き続けてきた。



国見恭介は、一つの映像に悩まされ続けていた。
遠い過去の記憶。
細部は何処までも鮮明に、恭介を緋色の追体験へと誘い出す。
「ふふっ……お兄ちゃん……」
誰かが少女の手首をきつく掴み、汗に濡れた肌、荒い呼吸、
重ねられた肌の色。

恭介には、絵麻という妹が居た。
頭も身体も覚えている。
記憶は何処までも鮮明に、追体験の必要もなく、
今日も同じ行為が繰り返される…。

国見恭介は、もう一つ、罪を抱き続けてきた。



高低差が激しく、自然に囲まれた森園町。
森園町において、とある噂が、まことしやかに流れていた。
“マージ”という名の薬、それが町に出回り、
その薬はタイムトリップを可能にするという。
“マージ”を巡る騒動が次第に町を騒がしくさせ、やがて、
恭介もそれを手にする事になる。
その時、恭介の脳裏に浮かんでいたのは、
過去に犯した過ちの事だった。

“マージ”によって、浮かび上がってくる過去。
それはやがて、恭介を、彼を取り巻く少女達が抱える心の深みへと
導いていく……。

(公式サイトより引用)


☆オープニングテーマ:追憶の破片
作曲:たくまる
歌唱・作詞:霜月はるか
コーラス:ミズヒ

☆シーン数、エンド数、推奨攻略順(微ネタバレ)

シーン数:絵麻6、他各1(合計10)

絵麻6枠は共通部分で、他ヒロインはそれぞれのルート終盤で。
絵が今見ると古いというのもあるのですが、絵麻がメインかつ主人公が絵麻との肉体関係に忌避感を抱いているのもあり、あんまり抜ける雰囲気ではないです。主人公の心理描写含め、読み物としては面白い。

エンド:各ヒロイン1つずつ+トゥルー?(合計5)

※トゥルーは絵麻ルートから続いています。話の区切られ方的に絵麻エンド+真絵麻エンドという感じがしたので、自分の裁量で別にカウントしました(公式の想定と異なる場合があります)。

トゥルーはハッピーエンドだと思っているのですが、個別に関しては判断が分かれそうなところ。トゥルーの〆の雰囲気は明るいので読後感はいいです(あししょ比)。

攻略自体は目当てのヒロインに会う回数を増やす/目当てのヒロインに寄り添う選択肢を選べば多分なんとかなるはず。

推奨攻略順:桐李→智加子→一葉→千尋→絵麻

おおまかにサブ格三人→メイン格二人で、サブ格三人の中でも一番重要そうな情報が出ている一葉を最後に。 桐李は一番情報量が少ないように思えたので最初に置きました。最後の二人は攻略順固定な模様。



追記にて、ネタバレを含む感想。いつも通り個人の解釈・感性で書いています。
また、今回字数(スクロール)の都合で記事を分割しています。

*後編だけ読みたい方向けリンク

numgame1.hatenablog.com

 

 

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目次

 

☆”今”を取り戻す物語/全体の大まかな所感

本作の大筋はマージという過去へ戻れる薬(過去の可能性を探る薬)を使い、今を変えるために過去を変えることを志向することで成り立っていました。
それは今/過去を受け入れないためであり、また一方では未来(前)を向くためでもあったのでしょう。

そうして必死になって可能性を探った上で”変えられなかった過去”と”何かを取り零した今”を受け入れて今を精一杯に生きること、もっと言えば「今ここにある今」を続けたいと願うことが本作における良い/正しいことであり、 そしてそのためには何かを”受け入れる””諦める”ことが一つの正解として示されていたように思います。
(絵麻はそれができなかったが為に今の可能性を一つ一つ潰して擦り減っていき、またそれができるようになったが故に「皆と一緒にいる」という幸福を手に入れることができたのでしょう)

そうして過去/今を受け入れ肯定するための支えとして、「今側に居てくれる」「未来を一緒に歩んでいける」相手=恭介にとってのヒロインであり、ヒロインにとっての恭介が、物語の上でよく配置されていたように感じます。

それが「マージを止める」という形で明確に功を奏したのが桐李ルートの桐李や(一時的とはいえ)智加子ルートの恭介と智加子であり、また桐李ルートの恭介や一葉ルートの一葉についても、支えとなる人の存在が「マージの夢から醒める」ための鍵となっていました。

一方で、そうした一緒に歩んでいきたい誰か=夢から醒めさせてくれる相手を失ってしまったからこそ智加子ルートの恭介は再び別の過去へと戻り、智加子も夢に囚われ今を生きるのを止めてしまったのでしょう。

本来、可能性は今と未来の中にしかないものです。
未来は過ぎ去る今と共に無限に変化していき、過去になった時間は変えようがありません。

それに気付かなかった、もしくは受け入れられなかった人は夢=過去の可能性に囚われ続け、変わり続ける”今”から置いていかれてしまいます。
それはまるで、「過去だけを見ている人間は、今を生きることはできない」と指し示すようでもありました。



そうして過去ばかり向かずに「今を生きる大切さ」を示しながら、一方でこの物語では「過去と向き合う(過去を知る)」ことが「今を生きていく」上で必要なステップとして描かれていたような印象も受けます。

特に分かりやすいのは一葉ルートであり、彼女は自分の過去(自分の正体)を知ることでようやく彼女自身として恭介と愛し合い、過去の後悔=双子の片割れとの関係等を取り戻すことができました。

絵麻ルートにおいても、絵麻が「皆と一緒が良かった」という過去の自分の本心を知ることが”本当”へ至る布石となっており、また恭介も過去を覗いたからこそあの頃は気付かなかった絵麻の様子に気づき、自分が殺した少女が誰であったか/なぜ手に掛けたのかを知る事で、今目の前にいた”妹”を見ることができたように思えました。

過去は変えられませんが(本来過去は可能性ではなく事実である)、それでも依然として自らの後ろに存在し続けます。今の自分は過去の総体であり、本作においても過去は今の自分を追いかけてくる/今に影響を及ぼしてくるものでした。
そうであるならば、過去を振り返らず見て見ぬふりをすることもまた正解とは遠いのではないでしょうか。

智加子ルートの恭介の独白に、下記のようなものがありました。

”きちんと過去を振り返るという事は、グラグラを正すという事。”
”土台がグラグラしていたら、何もその上に作れないから。”
”足元がふらついていたら、ちゃんと前に進めないから。”


過去を自分の中で確かなものにできたからこそ、人は「今」を生きていける。
そうであるならば、マージで過去を追い求めた日々も、彼らにとっては「今」必要なことだったように思えます。(可能性としての過去を求めることは否であり、事実としての過去を求めることは応であるという印象)

そして、そうして過去を知る/受け入れる上でも”今、側にいてくれる人”の存在が支えや導べとなっており、そう考えるとそれもやはり”今の大切さを示している”感じを受ける――のかもしれません。



過去を変えようがないものとしてありのままに受け入れながら、今を精一杯に生きて可能性の未来を歩んでいくこと。
そうすることの難しさ、また眩しさやその中に残る少しの苦さ寂しさを、この物語は描いていたように思えます。

”人生にはどうしようもならないこと/変えられないことがある”けれど、それでも”人はそれを諦めて/受け入れて精一杯前に進んでいける”。
そして、”ただ懸命に今を生きて行けるなら、きっと何かしらの希望が残る”。

自分にとって、あの結末はそんな人生賛歌・人間賛歌のように映りました。

それゆえに、道中の陰鬱さや一部エンドの救いの無さ、何処かへ消えて行った思い出の存在、また遂には意中の人と結ばれ得なかった少女の存在を加味しても、このゲームは決して暗いだけの話ではない――根本的には明るく、前向きな物語として自分の心に残ったのです。

☆"ソレ”の言う正しさとは何か

本作では、何かを「受け入れる」「諦める」ことが一つの”正しさ”描かれています。
そして本作の敵である”ソレ”もまた、恭介らに対し「受け入れる」「諦める」ことを突き付けてきました。

”ソレ”は当人曰く「何事も、正確を目指すこと」を使命とする存在でした。
そんな彼が「選ばれなかった可能性を消す」ことを生業としていたのは、「現実はたった一つ」という摂理に基づいています。
選ばれた可能性に並行して存在する”あったかもしれない可能性”を可能性のままにしておくために、彼は選ばれなかった世界を消して回っているのです。



人が何かを選択することは、一方で「他の何かを選択しなかった」ことを意味します。
そして「他の何かを選んでいた場合に存在した未来(選ばれなかった未来)」は、本来ならその時点で消えていくはずのものです。

各ヒロインルートの恭介たちはその「選ばれなかった未来」の上の存在であり、本来なら消えて行くのが「正しい」ことでした。
けれど絵麻という”摂理への抵抗力”が存在したが故に、彼らの世界はそのまま「選ばれた未来」とは別に続いていってしまいます。

その”摂理の抵抗力”とは「兄と自分がいる世界を守りたい」という強い思いであり、言い換えれば「世界が消えていくのを受け入れ(諦め)たくない」という反抗の意思でした。

摂理とは、言い換えれば”世界の定めた正しさ”であり、”絶対不変の法則”です。
それに逆らうことは世界に対する反逆とも取れ、”ソレ”にしてみれば到底容認することのできない「悪」なのでしょう。

それゆえに、恭介たちは”ソレ”にとっての不倶戴天の敵になったのだと思います。



”ソレ”は敵である恭介たちを弱らせるため、自身の目的や正体については一切語りません。
けれど「正しいことしかできない」存在であるがゆえか、再三の戦いの間に恭介たちに忠告めいたことを述べることがありました。
(おそらくは、「戦って屈服させる」よりは「説いて納得させる」ほうが正しいからではないでしょうか)

恭介らの視点で聞けば煽っているかのような台詞ではあるものの、彼が「正しいことを目指す」存在であるのなら、彼の言うことは本作においては概ね「正しいこと」、場合によっては「摂理」であると取ってよいでしょう。
(実際に、彼は憔悴する恭介に『諦める方がいいんじゃないかなあ。正しくね』とも言っていました。ついでに言うと、ぼかしはするが嘘もついていなかったように思います)



”ソレ”の発言の一つに、『人は時の流れと一緒に変わっていく』というものがあります。
選択、選択を重ねる中で人と人の環境は絶えず変化していき、ずっと同じところに留まり続けることはありません。
それが自然なことであり、であればそれもまた「摂理」であると言えるでしょう。
そして「摂理」であるならば、それに逆らい流れを塞き止めることは”ソレ”の示すところの「悪」であると考えられます。
国見絵麻は、その摂理にずっと逆らってきました。

彼女の望みは、表面的には手術前のような「兄との閉じた関係」を続けることでした。
自分の病気のせいで外で遊べずにいた恭介に申し訳なさを感じる一方で、幼い絵麻は、恭介がそのまま自分の側に居てくれることを望んでもました。

けれど絵麻も恭介も、時の流れと一緒に変わっていきます。
絵麻の身体はどんどん快復していくし、恭介も家の外でまた別の関係を築いていきました。

そうであれば二人の関係もまた変化していく”べき”であり、それが自然なことでもありました。
実際に新しい風=千尋ら幼馴染の存在により、二人の関係は徐々に変化を始めていきます。

しかし兄を異性として愛する絵麻にとって、それはどうにも耐え難いことでした。

変化を受け入れず、また不変を諦めなかったが故に、絵麻は長い長い”可能性の旅”をすることになります。
そしてその旅の過程を描いたのが、本作『何処へ行くの、あの日』であったのでしょう。

手術の後で皆と出会った絵麻には、時の流れに従ってそれを受け入れるという選択肢=可能性も、勿論残っていたはずです。
けれど彼女は最後の最後に至るまで、決してそれを選びませんでした。
その可能性は千尋の言うところの「取り零された可能性」であり、取り零したのは他ならぬ絵麻だったのでしょう。

「選ばれなかった可能性は消えて行く」という摂理、そして「人は時の流れと一緒に変わっていく」という摂理。
その二つの摂理=正しさに、絵麻は”諦め悪く”逆らってきました。

それが「悪」であるからこそ、”諦めの悪い”絵麻は彼にとっての難敵になり得たのかもしれません。

☆各「可能性」の世界/何が”本当”だったのか


本作ではおおまかに、「各ヒロインルートの可能性」「絵麻が自殺した可能性」「絵麻の手術が失敗した可能性」「トゥルーエンドの可能性」の4つの可能性の世界が展開されていました。

以後の話のため、ひとまず以下に自分の解釈で整理します。



1.各ヒロインルートの可能性
=下記の3つの世界を除いた、五人のヒロインと恭介の関係の変化を描いた可能性

描写期間:あの夏+二年の冬(一月半ば)以降
絵麻の生死:手術に成功し生存
絵麻の気持ち:兄が離れていくことを拒んでいる(結ばれることを望んでいる)
千尋の転校/転入:あの夏の後/二年の冬

ーー

2.絵麻が自殺した可能性
=「あなたは~(絵麻の視点)」で語られる可能性

描写期間:二年の冬頃?
絵麻の生死:手術に成功した後に死亡(自殺/おそらく皆と出会って以後)
絵麻の気持ち:兄が離れていくことを拒んでいる(自分の死で縛り付けている)
千尋の転校/転入:あの夏?/二年の冬頃?

※少なくともあの夏時点では恭介らの町に居た。(あの夏の話をしている桐学の制服を着ていない=転入生であり、すぐ”転校”する予定でいることから、あの夏以降に転校し、二年の冬からそう遠くない時期に戻ってきたものと思われる。

ーー

3.絵麻の手術が失敗した可能性
=長い廊下のシーンの直後に語られる可能性

描写期間:二年の春~三年の春
絵麻の生死:手術に失敗した際に死亡
絵麻の気持ち:?(おそらくは「乗り越えた先で兄が離れていく」ことを悲観し、生ごと兄を諦めている)
千尋の転校/転入:×/三年の春

※恭介が「ないはずの記憶を思い出した」ように描かれているため、おそらく三年の春までは面識がない。”別の可能性の出来事も感情だけは残る”という千尋の推測を見るに、恭介は他の可能性の感情を呼び起こされている?
※3で転入してきた千尋=4の”あの夏”で一瞬何処かへ行っていた千尋

ーー

4.トゥルーエンドの可能性
=一番最後に絵麻が辿り着いた世界

描写期間:あの夏+二年の冬
絵麻の生死:手術に成功し生存
絵麻の気持ち:あの夏の内に、兄との関係が変わることを受け入れている(皆と居ることを望んでいる)
千尋の転校/転入:共になし

※当初の予定では、千尋はあの夏の後に転校する予定だった模様。桐学の制服を着ているので、そのまま町に残って進学したのだと思われる。



3と4のような重なりを加味せずに大まかに捉えた場合、可能性ごとの時系列としては概ね上記の番号通りに思えます。



1の絵麻ルート終盤でのみ、千尋は恭介が過去を変えようとすることに賛同の意を示します。
その際に、千尋
「本当に(過去を)変えられるなら、それが一番」
「あたしだって(絵麻の思いを消すのは)もう嫌だから」
という旨のことを言っていました。

そこから察するに、選ばれなかった可能性であっても過去を変えることで「選ばれた可能性になる」ことができるのでしょう。

重要なのは、ここで恭介が変えようとしている過去――「少女を殺したこと」と「絵麻と関係を持ったこと」が、どちらも「あの夏以降の出来事」である、ということです。
そして前後の会話から、千尋もそれを理解しています。

千尋ルートの千尋曰く、彼女が居るということはそれ自体が「その可能性が選ばれなかった」ものであることを示していました。

1の可能性で千尋が最初に転入してきたのは、回想より”絵麻の手術が終わって段々と健康に向かってきた頃(「最近転校してきた」)”です。1の可能性は、少なくともその頃には”嘘”の流れに乗っています。
それでも、千尋は「あの夏以後の出来事を変えることで、可能性を消さずに済む」と言ったのです。

これはつまり、可能性が一度”嘘”になった後でも、その後の展開次第では「再び”本当”の流れに乗り直すことができる」ことを示しているのではないでしょうか。



千尋が認識している「恭介の変えたかった過去」は、絵麻ルートにおいては「絵麻との関係」のただ一点を指しています。
それを変えた場合に残るのは「恭介が絵麻に手を出さなかった」過去であり、「絵麻が恭介に思いを告げることがなかった」過去です。

その過去が”本当”になるのは、そうであれば絵麻は「恭介への思いを諦めることができていた」からではないでしょうか。
”本当”となった4の可能性、そしておそらく元の”本当”であった(後述)3の可能性は、上記の点で共通しています。

一度”嘘”になった可能性でも、恭介と絵麻が歪な形でお互いを受け入れない限りは”本当”の流れに乗り直すことができるのかもしれません。(千尋が「関係を持った」と認識しているのは概ねあの件以降だと考えられるので、そこからでも間に合うとすれば(”虫食い”を一度退ければ)猶予はそれなりにあるように思えます。)

ただし、マージの夢の中で過去を変えるには、それが当時の恭介に取り得る選択肢であることが必要でした。
当時の恭介、またそこへ辿り着いた今の恭介が「絵麻のために少女を殺した」ことを受け入れてしまえるのなら、どのみち絵麻ルートの可能性は”本当”の流れに乗り直すことはできなかったのでしょう。



「絵麻の思いで続いている世界」は、兄との関係に限っては「絵麻の思い(恋心)が続いてしまった世界」とも言えます。
恭介が絵麻の思いを知った上で彼女に手を出したことで、各ルートの絵麻は諦める機会(と、諦めた上で先を望む意思)を失くしてしまったのかもしれません。



上記より”本当”の流れに乗り直すことで可能性が続くこと、4にはあの夏時点で千尋がいたことから、4は「あの夏時点では消されるはずだった」ものの「流れに乗り直して”本当”になった」可能性だったのではないかと考えられます。
また、1と4はあの夏時点で「絵麻が生存」し「千尋がいる」点が共通しており、4は元々は1=選ばれなかった可能性と同じ流れを汲んでいた(1から枝分かれした可能性である)ようにも思えました。
間違った可能性だった1を、絵麻が「取り零した可能性を取り戻す」ことで”本当”の流れに乗せ直したのが4なのでしょう。

ではどれが元々の”本当”だったのかと言えば、あの夏時点で千尋がいなかった3ではないでしょうか。3だけは虫食いも、それに対抗する絵麻の力も恐らくないままに、あの夏を越えて現在まで続いていました。

”本当”だった3は、しかし遅れて転入してきた千尋によって「なかったはずの」可能性として消されていきます。
それは千尋が「たった一つの現実」という摂理を守り、また「絵麻の生きている今」を守る=4の可能性を”本当”にするためだったのでしょう。



千尋の転入以前に分岐点があったとすれば、それは恐らく「絵麻の手術」の時です。

手術の時点で絵麻が「兄を諦めているか」が”嘘”の可能性(1・2・4)と”本当”の可能性(3)の分岐点であり、また、それは絵麻の生きる気力として手術の成否にも影響を及ぼしていました。
そして諦めずに手術を乗り越えた上で「兄が離れていくことを受け入れ(諦め)られるか」が、二度目の分岐条件として1(2)と4とを隔てていたように思います。

「取り零した可能性」とは絵麻がそれを諦められなかったが故に拾われてこなかった可能性であり、絵麻が各可能性の思いを引き継いだことでようやく拾うことのできた可能性です。
その”思い”とは「見ているだけでは嫌だ」という気持ちであり、また「皆と一緒に居たかった」という願いであったのかもしれません。

その選択を支えたのは兄である恭介――どんな可能性でも”妹”としての絵麻を愛し続けた恭介であり、また乗り越えた先で出会うはずの友人たちへの希望だったのでしょう。



最初の分岐でも二度目の分岐でも、「絵麻が恭介を諦める」ことが可能性が”本当”に乗るための道筋として設定されていました。何かを「諦める」「受け入れる」ことは、ここでも確かに”正解”らしく示されています。
けれど、一方で絵麻が「生きていたい」と強く願わなければそもそも彼女の生が続くことはなかったのも事実でした。「生きていく」ことを諦めなかったこそ、絵麻は光輝く”本当”の明日を手に入れられたのです。

生きていたいというのは「今の続きを見たい」というのと同義であり、それを叶えようとする衝動は”今を生きよう”という意思に他なりません。

何かを「諦める」「受け入れる」ことが大切なのはそれが今を向くために必要だからであり、先んじて精一杯「今を生きよう」という意思があってこそ、その勇気は意味を成せるのでしょう。

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*記事後編はこちら

numgame1.hatenablog.com