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「何処へ行くの、あの日」の感想/”可能性”を追う少年少女(後編:各ヒロイン所感・個別感想)

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(C)MOONSTONE

MOONSTONEより発売された”Serious Lyrical Fantasy ADV”、『何処へ行くの、あの日』の感想記事(後編)です。

前編の記事はこちら

numgame1.hatenablog.com


追記にて、ネタバレを含む感想。引き続き、個人の解釈・感性で書いています。

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目次

 

☆各ヒロインと国見絵麻/各ルートの感想
1:麻生桐李という少女

何処へ行くの、あの日』のメインヒロインは、構造的にはどう考えても国見絵麻です。けれど国見恭介にとってのメインヒロインは、麻生桐李なのではないでしょうか。
出会った時からして、恭介は桐李に”へんな気持ちになって””胸がドキドキする”感じを覚えています。

千尋に”昔の恭介は桐李に憧れていた”のを指摘された際も、恭介は「今はそんな感じじゃない(一葉や智加子のことも気になっている)」と昔淡い感情を抱いていたことを認めつつ、 今も気になる女性の一人ではあるような回答をしていました。
最序盤でも「(付き合いたいと)願ったとしても、俺の方にそんな資格がない」と発言しており、桐李当人のルートにおいては”多分ずっと昔から桐李が好きだったのだろう”とまで独白しています。
過去のことから気持ちにストッパーがかかり、ルートによっては桐李へのそれが外れる前に別の女性にも惹かれていく(そのままそちらを選ぶ)だけで、どのルートでも桐李は”初恋未満”くらいの存在ではあったように見えました。

他のヒロインや周りの生徒から恭介と”そういう仲”に見られるのも、基本的には桐李の役目です。(一葉いわく「二人ってみんなからカップルって思われてる」)

また、絵麻の手術が失敗した可能性でも相変わらず桐李は恭介の側におり、蔭りはあれど相思相愛の恋人同士として結ばれていました。
年明けの「(桐李と)恋愛や性欲と無縁な子供のままであり続けたら良かった」という発言からするに、おそらくはこの可能性でも”昔から桐李が好きだった”(けれど意識するのを避けていた)のでしょう。
絵麻が自殺した可能性や”本当”の可能性での恭介の心中は不明ですが(前者はおそらくそれどころではない)、それ以外で桐李は一貫して”憧れの異性”としての地位を確立していたように思えます。

絵麻を「初めから恭介のヒロイン(異性)になり得なかった」少女とするなら、桐李は「出会った時から恭介にとってのヒロイン(異性)で居続けた」少女でしょう。

そういう意味で、桐李は絵麻の対極に位置する存在です。



桐李と絵麻は、他にもいくつか対比的な要素が見られます。
恭介や桐李の物語が「過去は変わらないことを受け入れる」話なら、絵麻の物語は「今は変わっていくことを受け入れる」話でした。

もっと単純なところでは、「年上」と「年下」。桐李が先を行く存在なら、絵麻は恭介を後から追ってくる存在です。

恭介が『未来が遠いように、桐李も遠い存在』と述べる通り、桐李は「未来」の象徴であり、絵麻は「過去」、もっと言えば過去の罪の象徴なのでしょう。(彼にとっての絵麻がそうであることは、恐らくは彼女が亡くなった可能性でも変わりません)
『歩いてきた過去があり、未来なんか辿り着けるはずもない』という発言からも、恭介にとって”過去(絵麻との関係を含む)をなんとかしないと辿り着けない”ものが未来であり、 また桐李なのだという感じを受けます。
桐李ルートでは、その資格を得ることが恭介が過去へ戻る(絵麻との関係を変える)動機の一つにもなっているようでした。

桐李に対しては再三資格がどうのと言うあたり、恭介は彼女をどこか神聖視しているようにも思えます。

また、冒頭のキスシーンにおける国見家の玄関ドアは恭介の「異常」と「正常」を隔てる境界線であり、絵麻と恭介は「異常」、桐李は「正常」の側にそれぞれ存在していました。そして外に出て桐李の顔を見てホッとする一方で、恭介は彼女への後ろめたさを感じています。
恭介にとっての桐李は側に居ながらも(板で隔てたように)「手の届かない」存在であり、「手を伸ばしてはいけない」存在だったのかもしれません。

他、水面下で「兄妹なのに男女の関係を求めて」いる絵麻に対し、桐李は表面上は「姉弟ではないのに姉のように扱われることを望んで」もいました。

そうした恭介との関係の対称性、そこへ加わる「ただの弟/妹で終わりたくない」ような恭介と絵麻の重なり。それが実際にそうであるかで、許される願望だったり許されない願望だったりしていること。
また実は昔から異性として見てもらえていた恭介と、結局見てはもらえなかった絵麻の対比。

恭介と絵麻、桐李の三人を取り巻く複雑な構造が、自分はとても好きでした。



あれこれ言いましたが、正直なところ桐李を恭介のメインヒロインと称しているのは個別ルートでの彼女のヒロイン力の高さ(私見)に寄るところも大きいです。これで本当に付き合ってないの?と思うような彼女とのイベントの数々は、貴重なニヤニヤ分を存分に提供してくれていました。
「待っててくれるの初めてだよね」が最たるもので、その前後のやり取りと合わせてこれは絶対両思いだなと妙にテンションを上げた覚えがあります。

恭介の側も二人でお昼を食べていたことを揶揄われて照れたり「弟で居続けるのは嫌だ」と独白したり、このルートでは年相応の少年らしい可愛さ(微笑ましさ)がありました。

恭介をずっと異性として愛していながらも、過去のことから「弟」という距離に置く桐李の臆病さ。そこから一気に男として覚醒していく恭介の成長ぶりや、その壁を乗り越えてからのいちゃつき(寄りかかり)具合がとても好きです。
なんだかんだですれ違いや埋められない距離を感じるシーンも多いルートだったのもあり、二人が結ばれた際の多幸感はすさまじいものがありました。

前文で「エロシーンはそこまで抜ける感じではない」などと抜かしておいて恐縮ですが、Hシーンで桐李のガーターベルトがお目見えした際はめちゃくちゃガッツポーズしました。少女過ぎず女性過ぎない、ほどよいお姉さんみが非常に良かったです。



桐李のヒロイン力については、恭介の「遠い存在」という評価に反して、二人にどこか似通ったところがあったのも一因でしょう。
桐李が幼い妹を亡くしていたことに対し、恭介は「他人事とは思えない」と発言しています。

また、桐李当人の個別や絵麻ルートでの恭介の発言からは、「ちゃんと姉(兄)らしい姉(兄)でいてやりたかった」という思いが二人が過去へと戻る理由の中に含まれているような印象を受けました。
「過去のことから他人に線を引く」ところも、桐李と恭介で共通しています(寄りかからない、踏み込まない)。
三木村に言わせれば、「暗いから」お似合いな二人です。

他、線を引きながらも、弱った際にお互いを求めてしまうところも似ているでしょう。
マージの存在を知った恭介は慄いて桐李の存在を求め、マージを手にした桐李はつい「珍しく」恭介の手を握っていました。

桐李ルートと言えばある意味三木村ですが、彼みたいな普通の感情(母に愛されたい)から異常な行動(夢の中での殺人)を取るようなタイプのキャラクターが自分はとても好きです。
無関心なようでそれなりには妹を見ていたり「支えてやってくれ」と恭介に頼んだり、冷たく見えるものの根っこまで冷え切っているわけではない……のかもしれません。
一番大切な相手を自分に縛り付けるために死を選んだり、微かにですが絵麻を思い出すところもあります。

「過去の自分が取り得た行動しか今に反映されない」マージの夢の中で、彼の自殺が今に反映された事実が中々に痛ましく、恭介の夢の中で普通の青年として育った彼を見た際には無性に悲しい気持ちになりました。

余談ですが、夏美のお墓参りの道中雪絵が絵麻に「ボーイフレンドはいるのか」と聞いた際の、桐李の「そうかな? そうなのかな……」という呟きが三木村っぽさを感じて好きです。



先のマージの件以外にも、恭介は度々弱った際に桐李を求めるような言動をしていました。絵麻ルートで一葉と決別した際も、恭介は桐李に励まされて(千尋の)目に見えて安心しています。その後智加子と疎遠になった時も、恭介は縋るように桐李に将来の約束を取り付けていました。
恭介にとっての桐李は、どこか安全基地のようにも映ります。

変わっていく今の中で、桐李だけはずっと変わらずに”憧れのお姉さん”として恭介の側に存在していました。桐李の顔を見た恭介が「いつも」ホッとするのも、それと無関係ではないでしょう。

恭介の”変わらない日常”の象徴、それが麻生桐李という少女だったのかもしれません。



作品全体の主題(推定)的には、「これじゃないよな」で幸せな夢から目覚めること=何かを取り零していった過去を受け入れ、大切な人がいる”今”を取り戻すことが桐李ルートの肝でしょうか。
最後に桐李のキスでマージの夢から醒める恭介が、お伽話じみていてロマンチック。
何気に、絵麻が表面的に望んでいた”二人だけの世界”を、最後に桐李と恭介で実現しているルートでもあります。

”虫食い”に真っ白に消されていく世界の中でただ互いの存在だけを感じ合い、残された時間で「ずっと一緒」を誓い合う二人の姿は真実を知ればどこか切なく、けれど大層美しく思えました。
消えゆく恐怖さえもそこにないのが、本当に”お互いのためだけに”一瞬を使い切ったのだと感じて好きです。

見ようによっては、これも一つのハッピーエンドでしょう。

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2:青井智加子という少女

本作のヒロインで、一番絵麻と被るところが多いのは誰か――と考えると、それはおそらく智加子なのではないかと思います。
身体が弱かった点、仲のいいきょうだいから話を聞くのが好きだった点、また度々見せる「自分から離れていく相手」への諦めの悪さといい、智加子は意図的に絵麻と似た要素が付加されているように見えました。

”否定して絶対に信じようとしなければ、智久が戻ってきてくれるんじゃないか”と信じて目を逸らし続ける智加子の姿は、”身体の関係を続けていれば、いつか自分を見てくれる(昔の二人きりだった頃に戻れる)んじゃないか”と信じて足掻き続けていた絵麻の姿にどこか似ています。
『子供はガラクタさえ後生大事に隠すけれど、本物の宝物が混じっていることがあるかもしれない』という智加子の台詞も、自分は「ガラクタ(嘘の可能性)を漁って兄と結ばれる可能性を探り続ける」絵麻を重ねられる……ような気がしました。

そして本作のヒロインで、「過去の可能性を探り続け、夢に閉じ込められた」のもこの二人です。

大切な人をどうしても諦めることができず、その人が離れていく現実よりも側に居てくれる夢を選んでしまう。
意思(思い)の強さに加えた諦めの悪さ、またその中で擦り減っていくうちに生まれた”大切な人が離れていく現実で生きていけない”脆さが、二人を夢へと閉じ込めたのかもしれません。

(程度の差はあれど)諦め悪く可能性を追い続けた少女、それが絵麻であり智加子なのでしょう。



一方で、彼女は「”普通の”仲の良いきょうだい」というものを、現在軸において恭介と読み手に示しているような感じも受けました。
智加子と智久が互いに向けていたのは、何ら混じりっけのない姉弟への親愛です。

絵麻ルートで絵麻と恭介の仲を察した際の彼女の様子を見ると、似ているところはあれどそうした意味での理解者には彼女はなり得ないのだろうな、と思います。



「年上の同級生」かつ「同性の友人の姉」と、個人的にかなり美味しい要素が詰まっていた智加子。年上でありながら、病弱であまり外に出られなかった過去からどこか幼気で色々なことに不慣れそうな雰囲気があり、それがまた良いギャップを生んでいたと思います。
幼い頃に手に入れ損ねた楽しい時代をなんとか今取り戻させてあげたい、そんな庇護欲を掻き立てるような愛らしさが彼女にはありました。

鍋パの後で皆で食べる食事の暖かさを知って寂しそうな顔をする場面、また千尋と恭介を家に招いてゲームで遊ぶくだりが好きです。

鍋パ後のくだりで年の差からクラスでは若干浮いているらしい風も感じられ、そこがまた”幸せにしたい”という気持ちを湧き起こしてきます。



彼女自身が持つ雰囲気もあり、全体的に静かでしんみりした印象の強い智加子ルート。
その絶妙な寂しさと、たまに差し込む暖かな感じが自分は好きでした。

作品のテーマ(推定)における本ルートの意義は、「過去ばかり見ていると今を生きられない」とその結末で示すこと、次いで「過去の土台を正さなければ前へ進めない」と語ることでしょうか。
ようやく智久の死を受け入れた智加子が恭介の胸に飛び込むシーンからは、「前へ進む上で側に居てくれる人の大切さ」もひしひしと感じられます。
互いの存在に背を押され、同じタイミングで今を生きる覚悟を決めた恭介と智加子が好きです。

それ故にああいう結末になったのだと思うと何ともやり切れず、痛いくらいに幸せな夢/夢と知りつつ目覚められない哀しい独白の落差が胸に刺さりました。



個別ルートの報われなさの反動か、トゥルーでは弟を取り戻した(プレイヤー視点)上で”毎日の事”として恭介たちの朝に溶け込んでいた智加子。
智久や皆と遊ぶ思い出も、このエンドでは手にできていた可能性があります。

桐李や一葉に”変えたい/知りたい過去”が変わらずに存在するだろう一方で、智加子は過去へ戻る(マージに頼る)必要性を失くしていました。

トゥルーで一番掛け値なしに報われているのは、もしかすると智加子なのかもしれません。

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3:茂木一葉という少女

(後で述べますが)絵麻の一番の理解者が千尋なら、一番絵麻と理解し合えないのは一葉かもしれません。
絵麻の「兄と結ばれたい」という思い、また「皆と一緒に居たい」という隠れた願いをもし両立させようとしたとき、最もその障害となるのが一葉という少女でしょう。
彼女にあの過去がある限り、(仮に兄に愛されたとしても)絵麻の望みは両立しません。

仲の良すぎる兄妹は変だと言い、腕を組んでいた絵麻と恭介を「異常」と評する一葉。
個別ルートでも、彼女は恭介を連れ出して「家(絵麻と二人きり)に篭らないで欲しい」と頼んでいました。
それは、「二人きりの閉じた世界」という絵麻の願いとは相反するものです。

また、絵麻ルートでも「冗談ではないと思える証拠」を持って恭介を遠ざけた智加子と違い、一葉は疑念の段階で、過敏とも言える態度で恭介に決別を突き付けていました。

絵麻の求める愛を一葉は認められず、一葉の願いは絵麻にとって(基本的に)受け入れたいものではありません。

決して分かり合えぬ価値観を持ち、性格的にもあまり似たところのない二人。
それでも一葉が絵麻の「一緒にいたい皆」の中に含まれているという、その事実が大好きです。



一葉の可愛いところは、軽口を叩ける気さくさと人懐こさ、また後輩らしくどこか甘え上手なところでしょうか。軽いようでわりと重いところや、誰かをずっと待ち続ける一途さも好きでした。
過去の恭介を「ヒーローのようだった」と言って頬を染めたり、一葉は本作のヒロインの中でも一段と”乙女”らしい感じを受けます。

秘密を打ち明けたり夢の中の恭介に格好良い立ち回り(台詞回し)をさせたり、恭介は今でも一葉(双葉)にとってのヒーローなのかもしれません。

一葉はヒロインの中でも絵麻に次いで好意が分かりやすく、冗談めかした中に本気の”デレ”が見え隠れしていました。恭介と恋人同士に見られたがったりクッキーを恭介の好みに合わせて作ってきたり、直接的でいて微妙に遠回しな愛情表現が可愛らしかったです。

桐李ルートと逆に恭介が”憧れの人(届かない人)”ポジションを取っていた関係か、見ようによっては、どこか一葉が恭介を攻略しているような雰囲気もありました。



提示した情報を引っ繰り返し、それをまた引っ繰り返し……と、過去に関する細工が比較的多かった一葉ルート。
それと同じように、こちらの”過去に対する捉え方”も話を読み進める内に二転三転していきます。

一葉の今を壊す過去なんて知らなくていい。どうか、何も思い出さないでくれ。
次第に膨れ上がっていくそれは恭介の願いであり、それを見るこちらの願いでもありました。

その願いを打ち砕いたのは、”恭介といる今”そのものです。
今が幸せだったからこそ、一葉の中の双葉=双葉の過去は”一葉”を追い立てました。

現実の今を生きているうちは、どうしたって過去から逃げられない。

そうであるならば、あとは嘘に逃げるか過去と向き合うかの二択です。
そして過去を受け止めきれなかった双葉は、マージの夢に逃げることを選びました。

一葉を殺し、一葉としての過去を手に入れることで、夢の中の双葉は一葉として恭介の側に居ようとします。
その「終わらない幸せな夢」に、夢の中の恭介は待ったを突き付けました。

双葉の過去と向き合わなくても、双葉は一葉のままで生きていける。
けれど、そうしたら双葉はもう一葉に会えない。
それは、本当に双葉の幸せなのか。

これまでの「過去なんて見なくていい」という願いを引っ繰り返すように、夢の中の恭介は双葉に「過去と向き合う」ことを促します。
恭介のその言葉を聞き、自分も目が覚めたような心地がしました。

過去ばかり見ていては今を生きられないけど、過去から目を背けては辿り着けない今もある。

このルートは、そのことを如実に示しています。



一葉も双葉も恭介が好きで、だからお互いに取られたくなかった。

その思い(恋心)が一葉の中の双葉を呼び起こしたのだとすれば、それもまた”ヒーロー”じみた振る舞いに思えます。

双葉という少女を二重に目覚めさせ、過去が引き裂いた二人を再び結び付けた恭介は、力は無くとも十分に彼女たちの”ヒーロー”らしく映りました。



たびたび一葉の相談に乗っていた関係か、このルートの恭介は比較的頼りがいがありそうな印象を受けます。
桐李ルートと逆に恭介が「目覚めさせる側」に回っていたのも、一葉のヒロイックさと相対的な恭介のヒーローらしさを補強していました。

一葉がそう思って(扱って)いるからそう見えているのかもしれず、そう思うとこれまた可愛くてニヤニヤしますね。

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4:神崎千尋という少女

絵麻の一番の理解者は、まず間違いなく千尋でしょう。
その理由は「可能性の世界」という前提の共有に止まらず、千尋が絵麻の恋心を知り、また唯一受容していてくれたところにあるのだと思います。

(恭介側の気持ちもある以上)絵麻の恋の絶対的な支援者ではなくとも、千尋は絵麻の兄への思い”そのもの”は絶対に否定しませんでした。
絵麻や千尋当人のルートでは恭介に「絵麻を好きになれないか?」と聞いたり、絵麻の恋を応援するような姿勢さえ見せています。

それは絵麻に「この世界が続いて欲しい」と願ってほしいが為であり、ひいては絵麻の摂理に抗うほどの思いを消したくないが故でした。
各ルートの可能性の絵麻に今が続くことを願って貰うには、恭介が絵麻の側に居ることが必要だからです。

恭介でさえどこか軽く見ていた絵麻の思いの丈を、千尋はその身と境遇を持って理解しています。

絵麻が可能性を探して擦り減った分だけ、彼女に寄り添った千尋も少しずつ削れていったのかもしれません。

”絵麻の願い(可能性)が続くなら、それが嘘でもいい”。

その思いは可能性を消す(手伝いをする)ために存在する千尋にとってはある種存在の否定であり、また、絵麻への確かな友情の証左だったのだと思います。
絵麻の思いの重さは、彼女の思いに寄り添い続けた千尋の友情の重さでもあるのでしょう。



千尋の魅力は、何と言ってもその前向きさです。
そしてその前向きさは、彼女が全力で「今を生きて」いることから来るのでしょう。

「大切なのは今を生きること」、そのためにとにかく前のめり。

そうすることの大切さ、またそうすることでどれほど今が明るく見えるのかを、千尋はその生――すべての可能性を通した生で体現していました。
彼女が学校内の有名人でありクラスの人気者であったのも、そうした彼女のエネルギッシュな生き様が皆を惹きつけたのでしょう。
どこかジメっとした感情を抱く人物の多い本作において、彼女のからっとした明るさは一種の清涼剤となっていました。

思い出が全て何処かへ行ってしまうもの(嘘の可能性)と知っていて、それでも「今の自分たちにとっては、この世界が本当」だと信じて前に進んでいく。
皆に本当のことは言えないけれど、せめて後悔がないように背を押しておく。
楽しかった今を、誰かにも分け与えるように。

それは千尋の強さであり、また途方もないくらいの健気さでした。



千尋のルートではありますが、全体としては「恭介が自分の/千尋の過去を見つめる(真相を知る)」話という印象。
また、そうして”虫食い”や”ソレ”の正体を伝えることで結果的に恭介に今の尊さを示し、今を向かせるための話でもありました。

本作/本ルートにおける千尋の役割はそれらの教示であり、今までの「恭介と共に今の大切さを知る」ような三人と比べるとその立ち位置の異質さが感じられます。

それは単に核心に近いというだけではなく、誰よりも前向きに今を生きていた彼女だからこそ務められた役割だったのでしょう。



真相に絡めたシリアスなシーンが多い一方、サンデーに乗って町を駆けたりマージの夢で一緒に遊んだり、ファンタジックかつワクワクする感じのシーンが多い千尋ルート。

他に比べて恭介が「今を生きる」と誓ってからの体感時間が長く、そのぶんだけ”今の愛おしさ”を目一杯描いていた感じがありました。
本ルートは個別では唯一「恭介やヒロインがマージの眠りに囚われる」展開が存在せず、おそらくはそれも”今に費やせる時間の長さ”の支えになったのでしょう。

そのあたりと本作でも屈指の締めの爽やかさが、一層こちらに「今を精一杯生きなきゃな」と思わせてくれます。

千尋にとっての唯一の過去を精一杯楽しいものにする」という、”前を向いたからこそ過去を向く”マージの使い方が好きでした。

☆国見絵麻という少女/絵麻ルートとトゥルーの感想

全体を総括すれば、本作はまず何よりも絵麻のための物語であり、また絵麻の道程を描いた物語でありました。

彼女がどれだけの情念を持って兄を愛していたか、そんな彼女がいかにして兄を自分に留めることを諦めるに至ったか。
それが本作の物語の大要であり、それゆえに何を語るにしても絵麻と絡めて語るのが一番理に適っているように思えました。
そうした理由から、本記事は概ねそのような構成になっています。

本作の各ルートは、その全てが絵麻の「苦い道程」でした。
その点では本作はある意味全編が絵麻ルートだったとも言え、また見ようによっては絵麻を主人公(ヒロイン)に据えた物語だったようにも感じられます。

ヒロイン(主人公)の絵麻が恭介というヒーロー(相手役)を諦めることで、彼女は彼女のヒーロー(英雄)としての兄を手に入れる。
本作は、あるいはそんな物語だったのかもしれません。

恭介にとってのヒロイン(相手役)にこそれなれなかったものの、 間違いなく絵麻は本作の「メインヒロイン」だったと言えるでしょう。



自分が絵麻のことを考える際、まず浮かぶのは彼女の諦めの悪さです。

その諦めの悪さは彼女の思い(意思)の強さであり、また彼女という人間の強さであったように思えます。”ソレ”との戦いの中で皆が摩耗していく中で、頑として最後まで諦めなかったのは絵麻でした。

けれど、摂理以外の全てが「時の流れと一緒に変わっていく」世界の中で、 彼女のその強さは同時に脆さでもあり、また呪いのようなものだったのかもしれません。
各ルートの可能性の中で、絵麻はその諦めの悪さから あるはずのない可能性を探し続けて擦り減っていきました。
そして、諦める(受け入れる)ことが下手だったがゆえに、 彼女は二つの可能性において自らその生を手放してしまいます。

彼女が諦めなかったのは可能性、兄を自分に縛り付けておける可能性です。
義理とはいえ兄である恭介を異性として愛してしまった彼女は、 兄が幼い頃のまま自分と二人きりの関係に留まっていてくれることを心の内で望んでいました。
兄への愛が絵麻の諦めの悪さの原動力であり、 また絵麻の行動の大半は「兄のため」、「兄といるため」のものでした。

そうであるならば、その諦めの悪さを含んだ彼女という人間の根幹は、 凡そ兄への愛から形作られてきたものだとも言えるのでしょう。

あなた(恭介)を愛し続けた少女。
あなた(恭介)が愛し続けた少女。

それが国見絵麻というヒロインであり、 国見恭介の掛け替えのないただ一人の大切な”妹”でした。



ここまでの4ルートで散々絵麻の女としての「情念」にビビり散らかしながら、 それでも自分はどこか彼女の思いの重さを軽視しているところがありました。

確かにちょっとネチョッとしたところはあるけれど、何だかんだで恭介が他の娘に惹かれていれば自ら身を引いてくれる。淡々とではあるけれど祝福してもくれるし、様子だって然程変化するわけでもない。だから「そんなものか」などと、浅はかにも考えていたわけです。

ちょっと色々あって拗れてしまっただけで、恭介への感情はきっと幼い熱病に過ぎなかったのだ、と。

そんな舐め腐った認識は、しかして絵麻ルートにて完全に覆されることとなります。

ここへきて圧倒的な粘度と湿っぽさでお出しされる、絵麻から兄への本気の愛。
兄妹愛に体制のない人間からすれば本能的な恐怖すら感じる、圧倒的な重量感。
懸命で、必死で、痛切な、全てを賭けて誰かに恋をした少女の姿。
それは恐ろしく、けれど無性に悲しくも映りました。

そもそもの話、関係を決定的に変えてしまったのは恭介です。

あの日からずっと恭介は絵麻を罪から逃れる薬のように都合良く扱い、自らの心の安寧に役立ててきました。
たとえ絵麻の合意があろうとも、それは絵麻の好意を利用した非常に残酷な振る舞いです。

木之下の思いに一切気付かず、誰に好かれていようが嫌われていようが、兄でないなら興味がない。
そんな”幼い”絵麻を作ったのは彼女の過去であり、また恭介が彼女に犯した罪でした。

本来ならあったかもしれない絵麻の成長を、あの日からの関係が妨げている。恭介から離れない限り、彼女は何も変わっていけない(成長できない)。

そんな風に考え、恭介を自らに留めようとする絵麻自身が 恭介によって”外”へ向かわぬよう閉じ込められた被害者だったのだと気の毒に思い ――どうしてこの子を「普通の妹」のままで居させてくれなかったのか、とどうにも遣る瀬無い気持ちにもなりました。



行動を冷静に顧みるなら、絵麻ルートで真に恐ろしいのは、絵麻ではなくルート序盤の恭介です。

彼は絵麻との関係に逃げることを止めようと決意した先で、また「絵麻に他の相手を好きになってもらう」という逃げの一手を打ちました。
絵麻との関係の解消自体が”絵麻という罪から逃げる”ことであるなら、ルート序盤の彼はどうしようもない逃避家です。

自身の罪から逃れるために自身を愛していた絵麻を利用し、都合が悪くなったら他の誰かに絵麻を押し付けようと画策する。
ちょうど良く木之下が絵麻を愛していたから、絵麻が木之下を愛さないことを知った上で、木之下を煽ってその気にさせる。
それは千尋の言うところの「感情をパズルのように」捉えた考えであり、絵麻の言う通り「感情を道具かなにかのように」扱った行いです。

恭介の企みは彼を愛する絵麻を傷つけ、また絵麻を愛した木之下にも深い傷を残していきました。

恭介の逃げ癖は、抱えきれない罪を背負わされたあの日に始まったものでしょう。

絵麻を「拒絶すればいい」と彼も分かっていて、けれど過去の罪(殺人)がその邪魔をする。
そんな彼の心理は他のルートや共通部分でも度々描写されていて、 その上で彼に対してある程度同情や理解を示せる部分もありました。

また他ルートの恭介とは違い、能動的に「今を変える」ことで 絵麻との関係を変えようと志向する彼の姿に感慨を覚えたのも事実です。
千尋ルートの「今を変えるのは今しかない」という言葉を体現するようなその振る舞いは、(行いの酷薄さを加味しても)多少なりとも自分の胸を熱くさせてくれました。



他のどのルートよりも能動的に「普通の兄妹」に戻ることを目指していたはずなのに、その行動やそれを望む心情が事態をその逆へと転がしていく。

今までギリギリのところで保たれていた幼馴染との安寧が崩れ去り、一人、また一人と親しい人が彼らから離れていく。

そうして今が「兄と二人きり」に近づいていく中で、本当は「皆と一緒」を望んでいた絵麻の心は、一体何処にあったのでしょう。

彼女が最後に見た夢は、彼女の言う「兄と二人きりの世界」の夢だったのでしょうか。
それとも、兄や皆と一緒に何気ない日常を続けていくような、そんな悲しくて愛しい夢だったのでしょうか。



夕焼けの中で消えて行く世界を見て、青空の下で「変わらない」ことを誓う恭介を見て、自分は絵麻に対して”本当にこれで良かったのか?”と問い詰めたくなるような衝動に駆られました。

けれど最後に残った可能性で、その”思い”を引き継いだ絵麻は”恭介と千尋に酷い事をした”ことを嘆きます。
そして千尋にしてしまったことが「思いとして残った」結果、各ルートの絵麻が笑えなくなっていたことも示されました。

恭介の言う通り、絵麻は冷淡そうに見えてその実とても優しい子です。 衝動的に起こした結果は、やはり彼女にとっても「良くはなかった」のでしょう。

最後の世界で「みんなと一緒に遊べるようになって良かった」と笑う絵麻を見た瞬間、自分はこれが見たかったし、多分恭介もこれが見たかったんじゃないかと感じました。
大きくなったの絵麻の声色が優しい”妹”そのもので、優しいのに少し泣きそうになります。

絵麻といつまでも普通の兄妹でいられて、千尋がキリガクの制服を着ていて、一葉と桐李が居て智久と青井さんが並んで待っている世界。
絵麻が「おはよう!」と明るい声で笑う世界。

彼らの時間はこれからも過ぎていくけれど、 最後に残った「あの日(思い出)」が何処かへ行くことはもうないのでしょう。

幾多の世界という長い道程の果てに絵麻に残ったたった一つの”本当”が、 いつまでも途切れることなく続いてくれることを願っています。



この物語を終え、改めて冒頭と最後の絵麻の独白を振り返ったとき、自分はなんとなく”パンドラの箱”のことを思い出しました。

触れてはいけない”選ばれなかった可能性”の箱を開け、「現実はたった一つ」という摂理を侵した絵麻は、いくつもの可能性(災厄)で心を擦り減らす羽目になります。

けれどその摂理から手を離したがゆえに、最後に「希望」が残された――暖かな可能性が、彼女のたった一つの”本当”になったのかもしれません。

☆余談

ヒロインとして一番好きなのは桐李、次いで一葉と智加子ですが、人間としては?と聞かれたら圧倒的に千尋が好きです。
”今を生きる”ことに真摯で懸命。絵麻と並び、(メッセージ性でも)本作を象徴するヒロインでした。

先の通り自分は絵麻を裏主人公的に見ているので、絵麻は好きな主人公(兄と同率一位)ということで一つ。
最初は彼女の見せる女の情念のようなものにひたすら怯えていたのですが、時折垣間見える”妹”としての彼女や内に秘めた優しさに触れるうちに段々と愛おしさを感じるようになりました。
トゥルーエンドで「普通の妹」として兄に軽口を叩くシーンがとても好きです。

絵麻は表面的には「兄さえいればいい」タイプでありどこか病んだところはあるものの、自分のために他人を害したり兄以外を邪険にすることは(余程の場合を除き)ありません。
幼馴染にはかなり気を許しているようにも見え、一緒に居る時は彼女なりに楽しそうにもしています。
また「興味がない」はずの木之下であっても、その気持ちが利用された際は彼を案じる言葉を吐いたり、他者への優しさもちゃんと持ち合わせていました。
そのあたりのバランスが彼女の魅力であり、だからこそ自分も彼女の愛に怯えはしても、決して彼女を嫌いにはならなかったのだと思います。

恭介の好きなところは、各ルートで後ろ向きながらも生きようと藻掻いていた姿。 「普通の兄妹に戻りたい」という願いの中に、「頼りになる兄でいてやりたかった」気持ちがあっただろう部分。
格好良いか?と聞かれれば基本的には否で、けれども格好悪いとも言い切れない、そんな塩梅が良かったです。



一番好きなシーンは、千尋ルート終盤の恭介が『今を変えるのは今しかないのだ』と独白する場面。
この前後の文章が本当に好きで、読むたびに胸に何かが染み入ってくるような心地になります。
”じゃあ頑張って今を生きるか”という気持ちになれる良い台詞で、またこの作品そのものを象徴しているようなシーンでもありました。

じめっとして、欝々として、胸が苦しくて、でも最後に希望を示してくれる。
この作品のそんなところが、自分はとても好きでした。